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兆民周辺を歩く

 投稿者:下司孝之  投稿日:2008年 3月17日(月)12時04分21秒 p3146-ipad03kouchinwc.kochi.ocn.ne.jp
返信・引用
  16日、新堀川周辺ネットワークで九反田の「憲政の祖国」の大きな碑から、トリは我らが町民生誕地までを20人で歩きました。

最後に菜園場町の来楽座で七輪で焙ったやきもちをいただきました。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/shinnbunnnosousiki.htm
そして昨年私も出た「新聞の葬式」のお芝居のビデオを拝見しました。

http://www.kochi-al.org/

 

現地では粛々と工事が!

 投稿者:下司孝之  投稿日:2008年 3月13日(木)20時29分9秒 p4019-ipad01kouchinwc.kochi.ocn.ne.jp
返信・引用
  現地では19年度の工事は一段落、道路特定財源の審議では一番先に刎ねられる工事となりましょう。
3月11日にシオマネキ移植裁判が高知地裁で行なわれました。

http://white.ap.teacup.com/shinbori/

植木枝盛邸はわずか、2〜3千万円のお金もないことで、このままでは取り壊しは必然です。

http://www.kochi-al.org/

 

お礼

 投稿者:植木えなり  投稿日:2008年 2月 2日(土)23時05分31秒 i121-112-175-170.s10.a035.ap.plala.or.jp
返信・引用
  ご回答ありがとうございました。
しかし竜野さんも詳細はご存じないとなると、どう調べていいもか途方にくれますが、
なんとかがんばって調べてみます。
わかりましたら、また書かせていただきます。
ありがとうございました。
 

Re: 安岡雄吉

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2008年 2月 2日(土)08時49分11秒 tetkyo034022.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用 編集済
  > No.3809[元記事へ]

植木えなりさんへのお返事です。

はじめまして。よろしくお願いします。

> 安岡雄吉という人物をご存じありませんか。
> 幸徳秋水の親戚らしいのですが、いまいちわかりません。

すみません、私もこの人物のことは聞いたことがありませんでした。
加えて、史料類を手元に置いていない状態が長く続いているので、あんまり詳しくお調べすることが出来ません。
とりあえず、ぐぐってみたところ、確かにおっしゃるとおり幸徳秋水の親戚のようですね。宿毛市史にもちらっと名前が出てくるようです。

明治25年2月15日の第2回衆議院選挙は、いわゆる「選挙大干渉」で、政府は民党(野党)側の候補者の当選を阻止すべくさまざまな妨害を行いましたが、この選挙で、吏党(与党)側である国民派の候補者として高知県第2区で立候補していたのが安岡雄吉という人物のようです。
高知県での2月15日の投票は、国民派側が「自由党が不正を行った」として非難し再投票が行われたようですが、この再投票で、安岡雄吉は当選し、その陰で自由党の林有三や片岡健吉が落選しています。
その後、林有三や片岡健吉は吏党側の選挙干渉の不当さを司法の場に訴え、結局安岡雄吉らの当選は、翌明治26年4月に名古屋控訴院において無効とされました。

そういう意味だと、自由党系であった中江兆民や幸徳秋水にとっては、敵方にあたるといえるかもしれません。

幸徳秋水との直接の関係で言えば、幸徳にシェフレの「社会主義真髄」という本を貸して、幸徳が社会主義者となるきっかけを作った人物が安岡雄吉だそうです。

「TN君の伝記」には

「幸徳秋水は、明治30年、ふとしたことから、シェフレの『社会主義真髄』という本の、英訳本を手に入れた。英国に留学していた親類の安岡という男が、もって帰ったものだ。(中略)
−英国にいたとき、新しい思想だというので、すこしばかり研究してみたんだが、とうてい日本にはあわん思想だと思うね。
安岡はそういったが、幸徳はむりにたのんで、その本を借りてきた」

とあります。
ここにでてくる「安岡という男」が、安岡雄吉のことだそうです。
幸徳をして社会主義者として目覚めさせるきっかけになったという意味では、幸徳にとっては思想的な飛躍をもたらしてくれた恩人といえるかもしれません。

「TN君の伝記」のこの部分については当然読んでいたので、厳密に言えば安岡雄吉についても「聞いたことはあった」わけですが、安岡という姓は土佐ではかなり多い姓なので、「安岡という男」というのと「安岡雄吉」が結びつくということは調べてみるまで分かりませんでした。

すでにご存知の内容でしたら申し訳ありませんが、いったん今調べられる範囲ということでご容赦を。
 

安岡雄吉

 投稿者:植木えなり  投稿日:2008年 2月 1日(金)22時28分3秒 i121-112-175-170.s10.a035.ap.plala.or.jp
返信・引用
  はじめまして。植木えなりともうします。
自由民権にお詳しい竜野さんに教えていただきたく、勇気をふるって書かせていただきました。
安岡雄吉という人物をご存じありませんか。
幸徳秋水の親戚らしいのですが、いまいちわかりません。
何かご存じのことがあれば、教えていただければ、幸いです。
よろしくお願いします。
 

誕生日

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2008年 1月 3日(木)22時26分59秒 tetkyo127176.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  本日、何回目だかの誕生日を迎えました。

毎年いってることですが、龍馬さんの誕生日の天保6年11月15日と、中江兆民の誕生日の弘化4年11月27日を新暦換算すると、それぞれ1836年1月3日と、1848年1月3日になります。
偶然とはいえ両方の人と同じ誕生日ってのは素直にうれしいです(^^)

有名どころでは、山本五十六なんかも1月3日が誕生日だったはず。
 

謹賀新年

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2008年 1月 2日(水)18時04分9秒 tetkyo127176.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  新年のご挨拶が出遅れてしまいました。
みなさん、あけましておめでとうございます。

大晦日から元日にかけては、なじみの沖縄料理屋さんで三線を弾きながら年越ししました。
年越しそばはソーキそばで。
二年参りはしなかったんですが、日が昇ってから、土方歳三の菩提寺の高幡不動に初詣に行ってきました。

かっくるなかしまさん>
高知、いいですねえ。私が前に高知に行ったのは、確か2000年か2001年の9月だったので、かれこれ7年くらいは前になってしまいました。
下司さんが書き込んでおられるように、そのころからするとだいぶ街の様子も変わっちゃったんでしょうね。
兆民先生の史跡もあれですけど、上町の龍馬生誕地とか、桂浜とかもお忘れなく。
 

ご挨拶

 投稿者:退役軍人  投稿日:2008年 1月 2日(水)00時10分24秒 ntfkok098026.fkok.nt.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

高知は仕事で良く行っていました。

晩飯は「ひろめ市場」がお勧め。
「安い」「早い」「美味い」

http://roujintou.com

 

年始のご挨拶

 投稿者:かっくるなかしま  投稿日:2008年 1月 1日(火)21時13分6秒 p1128-ipbf507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  ちとご無沙汰しておりました。
昨年中はお世話になりましたm(_)m
本年もよろしくお願いいたします。
土佐への旅行を計画しておりまして、
いずれ、兆民さんネタにて、こちらにおじゃまさせていただこうかなと(^^
ではまた。
 

兆民忌、お墓まいりの報告

 投稿者:下司孝之  投稿日:2007年12月14日(金)11時35分25秒 p4222-ipad09kouchinwc.kochi.ocn.ne.jp
返信・引用
  14日の兆民忌、7名の方が筆山を登り中江家の墓所に向かいました。

http://plaza.rakuten.co.jp/yuaikoubou/
14日付に写真が掲載されています。

http://www.kochi-al.org/

 

お命日

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2007年12月13日(木)23時09分29秒 tetkyo009224.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  下で下司さんが述べられている通り、今日、12月13日は中江兆民の106回目のお命日に当たります。
本来なら青山の兆民中江先生えい骨之標に参りたいところですが、いかんせん平日な上に遅くまで仕事だったので行くわけにはいきませんでした。
来年は土曜日なのでぜひ命日に参りたいものです。
 

誕生祭から『新聞の葬式』、兆民忌へ

 投稿者:下司孝之  投稿日:2007年12月11日(火)22時31分18秒 p4222-ipad09kouchinwc.kochi.ocn.ne.jp
返信・引用
  11月4日の高知市では、「今、兆民が必要とされている」と語る40人の弟子による中江兆民160歳の誕生パーティーが開かれました。
11月16日、125年前の『高知新聞の葬式』葬列は今回60人くらいでしたが、現職の警官や坊さんが登場し、詩吟と剣舞の皆さんが旗を掲げ、棺を担ぎ、兆民ゆかりの新堀川周辺グループとで練り歩き、随所で寸劇を披露しました。
おりしも県知事戦の前日とあって、今では誰でもいける選挙もその頃は命がけぜよと訴える効果はありました。
私は壮士姿で登場、はきつけの草履に新しい足袋が合わないでのうが悪かった。
そのようなわけで葬列は政党関係者のいないものとなりましたが、通信社の配信で全国のローカル紙に幅広く掲載されました。日経にmpでていたのには笑ってしまいました。
12月13日には兆民忌、高知には兆民のお墓は有りませんが、一族の墓参りにまいります。
11月26日のこの掲示板でお知らせをしたとおりですから、都合のつく方はおでかけください。

http://white.ap.teacup.com/shinbori/

http://www.kochi-al.org/

 

兆民とのゆかり

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2007年11月30日(金)21時08分56秒 tetkyo084101.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  つらつらとWikipediaを眺めていたら、私は意外なところで兆民とゆかりがあったのだなあということを発見したので書きとめておく次第。

私が卒業した多摩第二小学校というのがあるのですが、この学校、明治25年に、その名も「兆民尋常小学校」として発足したものだそうです。

http://academic3.plala.or.jp/tamadai2/h17yoran.pdf

卒業した小学校が、なんと兆民の名を冠した歴史を持つ学校だったとは。
もちろん、あの中江兆民から来たわけじゃないんだろうけれど、それでも意外な縁(えにし)にちとびっくり。
坂本竜馬や中江兆民の誕生日(ただし、兆民は11月27日説採用)を陽暦に直すと私と同じ誕生日になると知ったときと同じくらい、なんかうれしいものを感じますな。

思えば、私が最初に兆民に出会ったのは、この学校の図書室で読んだなださんの「TN君の伝記」だったはず(中学に入ってからだったかも、とも思うのだけれど)。
いろんなところに縁ってのは転がってるもんですな。
 

Re: なだファンとして

 投稿者:退役軍人  投稿日:2007年11月28日(水)22時19分5秒 ntfkok121171.fkok.nt.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  > No.3799[元記事へ]

竜野 天馬@管理人さんへのお返事です。

> なださんは、老人党をめぐる数々のトラブルの中で、「喧嘩上手になれ」というたとえを多用されていますが、なださん自身、少なくとも老人党がらみの話題では決して喧嘩上手ではないですね。
> なださんの著書を読んでいると、ご自身で喧嘩上手との自負を持つのもむべなりと思わせるくらい、実際に喧嘩上手だと思うんですよ。リアルな世界、あるいは紙媒体に書かれた文章という世界では。そういう「喧嘩上手っぷり」も、私がなだファンになった理由のひとつです。
> が、それはネットという世界では通用しない喧嘩の仕方だった。ネットの世界にはネットの世界なりの喧嘩の仕方があるのに、リアル社会なり紙媒体の世界なりの喧嘩の仕方が通用すると思ってらっしゃるところがなださんの誤りなのだと思います。
>
> なんといっても、なださんもまた「老人」世代。ネットという世界で醸成された文化を、頭では分かっても肌身で感じることは難しかったということなのかもしれません。

喧嘩はどこでやっても同じですよ。

事態の展開が予測可能で、かつ自身で制御可能であること。
更に、相手のテリトリーでは喧嘩しないこと。

叩くときは仏心を出さずに、徹底して叩き二度と歯向かう気を起こさせないように、きちんと止めを刺すこと。

なださんの今回の喧嘩は全ての戦術的要素において中途半端なんです。

喧嘩の本質は命のやり取りであるという覚悟が必要なのです。
政治家の喧嘩は政治生命を賭ける、論者の戦いは論者としての命を賭けて戦うのです。

掲示板での論争の帰趨なんて、決着が付く類の喧嘩じゃあない。

議論の勝ち負けなんて、たかがしれてますよ。
これを喧嘩の帰趨と捉えてしまった時点で、敗北が決まっていたのです。

> そちらからリンクを貼っていただくのはかまいません。
> が、積極的に政治議論系のサイトにリンクしようという意思はあまりないので、こちらでその話題を振っていただいてもかまいませんが、たとえばうちのリンクコーナーからリンクするというようなことはないと思います。

ご理解いただき感謝いたします。
元々、相互リンクなんてだいそれたことは考えていません。

ありがとうございました。

http://roujintou.com

 

Re: なだファンとして

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2007年11月28日(水)21時10分43秒 tetkyo084101.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  > No.3797[元記事へ]

退役軍人さんへのお返事です。


> 喧嘩の仕方について、本を出されるそうですが。
> 本当に喧嘩の仕方を心得ていらっしゃるのか、興味津々です。


なださんは、老人党をめぐる数々のトラブルの中で、「喧嘩上手になれ」というたとえを多用されていますが、なださん自身、少なくとも老人党がらみの話題では決して喧嘩上手ではないですね。
なださんの著書を読んでいると、ご自身で喧嘩上手との自負を持つのもむべなりと思わせるくらい、実際に喧嘩上手だと思うんですよ。リアルな世界、あるいは紙媒体に書かれた文章という世界では。そういう「喧嘩上手っぷり」も、私がなだファンになった理由のひとつです。
が、それはネットという世界では通用しない喧嘩の仕方だった。ネットの世界にはネットの世界なりの喧嘩の仕方があるのに、リアル社会なり紙媒体の世界なりの喧嘩の仕方が通用すると思ってらっしゃるところがなださんの誤りなのだと思います。

なんといっても、なださんもまた「老人」世代。ネットという世界で醸成された文化を、頭では分かっても肌身で感じることは難しかったということなのかもしれません。

> 貴兄の掲示板にリンクを張らせて頂きたいのですが、如何でしょうか。
> これまで、健全な批判掲示板としての役割を果たされてきたのだから、右派の掲示板も同じように批判の対象として頂きたいのです。

そちらからリンクを貼っていただくのはかまいません。
が、積極的に政治議論系のサイトにリンクしようという意思はあまりないので、こちらでその話題を振っていただいてもかまいませんが、たとえばうちのリンクコーナーからリンクするというようなことはないと思います。
 

Re: なだファンとして

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2007年11月28日(水)20時57分54秒 tetkyo084101.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用 編集済
  > No.3796[元記事へ]

告天子さんへのお返事です。

> 今回は、なだ氏も「大追放」の主体として参加しているのですから、管理スタッフはけしからんがなだ氏は別、という話は成り立たないし、「なだファンとして許せない」行為をしてきた管理スタッフを責め続けてきたわけですから、ここで「なだ批判はしないでほしい」というのは、話が全部おかしくなってしまうのではないかと思います。管理スタッフと同じことを、なだ氏参加で今回はやっているわけですから。

> 親分としての「なだ批判」はみなさん封印ですか。

なだ批判はしないでほしいとか、なだ批判は封印とか、そんなつもりはないですよ。
もしそういうつもりであれば、無条件に「なだ批判は全面禁止」とでもいってしまえばすむことです。
それがダブルスタンダードでも何でも、ここは私の掲示板なので、そういうダブルスタンダードを押し通してもいいわけです。

が、なだ批判を封印するつもりではないからこそ、全面禁止にはしないと宣言しているわけです。
実際、私自身が、この場でなだ批判を何度もやってますしね。
ただ、なだファンが運営しているサイトなので、相応の配慮はしてほしいとお願いしているだけです。批判に配慮を求めることと、批判そのものを封印するのは別ですからね。

ちなみに、私はこの件に関して、なださんに直接かなり激しい調子で批判メールを送りました。
私信なので、内容は公開しませんけど。

>でも、「ビートル氏はなだ氏の意志に逆らえなかったのだ」というのは推測に過ぎず、明白に書かれたことではありませんから、

推測ではないという根拠もあるにはあります。それも私信なので公開はしませんが。
んで、「なださんの意思を忠実に守った」のがビートルさんであったとして、それ自体を責める根拠もあるにはあります。
それは、なだ思想の根底は「たとえ権威者の言うことであれ間違いは間違いであり、それは正されるべきだ」というものだから。なだ読者として忠実であろうとするなら、たとえなださん本人であれ間違いには逆らうべきだと思います。
もちろん、忠実になださんのいうことを守ろうとするなだファンに、周りから非難されねばならないようなことをなださんがさせているのであれば、なださんもまた当然に批判されるべきだと思いますよ。
 

Re: なだファンとして

 投稿者:退役軍人  投稿日:2007年11月28日(水)15時27分2秒 ntfkok121171.fkok.nt.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  > No.3794[元記事へ]

退役軍人@webmaster/老人党どっと混むです。

竜野 天馬@管理人さんへのお返事です。

> なださんに対する批判を全面禁止しようとは思いませんが、なるべく私のファンとしての心情(ここを読んでいるほかのなだファンの心情も)に配慮した範囲での批判にしていただければと思います。
>
> これは、命令や指示ではなくあくまでも「お願い」です。

これは良く理解できます。

ここでなだ批判を展開するつもりもありませんし、先の投稿で書いたように「まだ結果は出ていない。」と思ってますから。

> >特にビートルさんの最近の「変節」も辻褄が合うんですよね。
>
> そうなんでしょうね。
> なださんの意思には逆らえない、ってのは、ビートルさんの最大の泣き所でしょうから。

結論として、誰が実際の管理行為を行おうとも結果についての責任は「なだいなだ氏」に帰するということでしょう。

管理スタッフを信任したのは、他の誰でもない「なだいなだ氏」なのだから。

リーダーの責任というのはそうしたもんです。

私の体には軍隊で叩き込まれた「指揮官の掟」が浸み込んでいますから、信任した者が結果についての責任を負うという掟は「指揮官の掟」の最初にあるのです。

軍隊のみならず一般の社会でも同じであると思います。

だが、結果を得ていない現時点で責任を問うのは時期尚早でしょう。

私は世直し老人党が去った時から、この事態を予測していました。
もうすこし頑張るかなと思っていたのですが、予想以上に早い展開だったので、「脆かったなぁ」という感想です。

なだいなだ氏は短気な性格であると観ていましたからね。

閑話休題 その1

喧嘩の仕方について、本を出されるそうですが。
本当に喧嘩の仕方を心得ていらっしゃるのか、興味津々です。

少なくとも、自身のテリトリーで喧嘩するほうが圧倒的に有利なのに。
追い出してしまえば、影響力を行使出来ない場所に居る相手と戦わなければならなくなります。

この掲示板や2chのヲチスレッドを甘く見ているとしか思えない。
戦略的観点が欠けるから、戦術の選択を誤ってしまう。

勝ち負けの次元で捉えるなら、この選択は敗北を約束するものになってしまうと思います。

閑話休題 その2

貴兄の掲示板にリンクを張らせて頂きたいのですが、如何でしょうか。
これまで、健全な批判掲示板としての役割を果たされてきたのだから、右派の掲示板も同じように批判の対象として頂きたいのです。

考慮下さい。

ありがとうございました。

http://roujintou.com

 

Re: なだファンとして

 投稿者:告天子  投稿日:2007年11月28日(水)11時22分34秒 ntt9-ppp988.east.sannet.ne.jp
返信・引用 編集済
  > No.3794[元記事へ]

竜野 天馬@管理人さんへのお返事です。

> 今回のサイト移行について、なださんが主体的に動いてるってのはおそらく事実だろうと思うし、その点についていくらなだファンでもなだ信者ではないつもりの私には、これ以上なださんの弁護のしようがないところまできてしまったことも認めざるを得ません。

了解です。竜野さんでも認めざるを得なかった、というのを聞きまして、批判もあながち的外れではなかったと安心しました。


> が、やっぱりそれでも私はなだいなだファンです。
>
> なださんの老人党に関する姿勢がまったくもって不当であることは充分認めつつ、この場でなださんに対する悪口(正当な批判であっても)が横行するのは見るに耐えません。

もちろん、なだ批判をこちらで展開するつもりはありませんので(だから「結論」、とタイトルを付けました)、そこは了解です。

しかし、ファン心理があるから、というのは分かりますが、そこまで深刻になる必要があるかなあ、と。というのは、ファン心理はファン心理として、別の話ですよね。

もともと、管理スタッフに対する批判というのは、いわゆる「なだ理論」からすると、(なだ理論からしなくても)明らかにおかしい、なだ氏の名誉を傷つけるものだ、というスタンスから為されていたのだと思います。

今回は、なだ氏も「大追放」の主体として参加しているのですから、管理スタッフはけしからんがなだ氏は別、という話は成り立たないし、「なだファンとして許せない」行為をしてきた管理スタッフを責め続けてきたわけですから、ここで「なだ批判はしないでほしい」というのは、話が全部おかしくなってしまうのではないかと思います。管理スタッフと同じことを、なだ氏参加で今回はやっているわけですから。

ですから、なだ批判と言うよりも、竜野さんの方に批判が行ってしまうことになります。私が書いたこの筋道は、十分お分かりかと思いますので、これもこれ以上話を交えるつもりはありませんが。

しかし、どうなんだろう、ファンとしてショックを受けた、という気持ちは理解しますが、ファン心理はそれとして、過去の作品から受けた感動や共感まで否定されるわけではないのですから、私はなだ批判はここではやりませんが、竜野さんは、「おかしなところはおかしい」として、スパッと言われた方が「らしい」と思いますけどね。

あ、でも、「認めざるを得ない」と書いた時点で私が察しなければいけないのか・・・。


>
> >特にビートルさんの最近の「変節」も辻褄が合うんですよね。
>
> そうなんでしょうね。
> なださんの意思には逆らえない、ってのは、ビートルさんの最大の泣き所でしょうから。

でも、「ビートル氏はなだ氏の意志に逆らえなかったのだ」というのは推測に過ぎず、明白に書かれたことではありませんから、むしろ世直しとかで、徹底的に非難の対象とされているのはビートルさんなんですよ。ビートルさんは、言われたことを忠実に守って、それで非難の的にされているのだとしたら、それはあんまりなんじゃないかと。

もし大本が、「なだ氏の意志」なのであれば、ビートルさんはその意志に呑まれたのではないかと思います。彼は「身をもってなだ氏を守った」みたいな形になっているわけで、それ自体は立派なことだと思いますが、親分としての「なだ批判」はみなさん封印ですか。

「日本的」という印象がします。もっとクールに考えた方が、らしい。味方の左翼をも切り捨てた、なだ氏の方が、やはり一枚上手というか、「クール」ですね。さすがです。

では、この件については、私はこれまでとします。
 

Re: なだファンとして

 投稿者:キタキツネ  投稿日:2007年11月27日(火)20時36分38秒 p1035-ipbf1004sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  > No.3794[元記事へ]

竜野 天馬@管理人さんへのお返事です。

> なださんに対する批判を全面禁止しようとは思いませんが、なるべく私のファンとしての心情(ここを読んでいるほかのなだファンの心情も)に配慮した範囲での批判にしていただければと思います。
>
> これは、命令や指示ではなくあくまでも「お願い」です。

心情察します。尻馬に乗り余計なことを申しました。
 

なだファンとして

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2007年11月27日(火)20時04分45秒 tetkyo084101.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  今回のサイト移行について、なださんが主体的に動いてるってのはおそらく事実だろうと思うし、その点についていくらなだファンでもなだ信者ではないつもりの私には、これ以上なださんの弁護のしようがないところまできてしまったことも認めざるを得ません。

が、やっぱりそれでも私はなだいなだファンです。

なださんの老人党に関する姿勢がまったくもって不当であることは充分認めつつ、この場でなださんに対する悪口(正当な批判であっても)が横行するのは見るに耐えません。

なださんに対する批判を全面禁止しようとは思いませんが、なるべく私のファンとしての心情(ここを読んでいるほかのなだファンの心情も)に配慮した範囲での批判にしていただければと思います。

これは、命令や指示ではなくあくまでも「お願い」です。

>特にビートルさんの最近の「変節」も辻褄が合うんですよね。

そうなんでしょうね。
なださんの意思には逆らえない、ってのは、ビートルさんの最大の泣き所でしょうから。
 

以上は、新着順41番目から60番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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