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信じぬ者は救われる

 投稿者:竜野 天馬@管理人  投稿日:2008年 6月 1日(日)22時30分7秒 tetkyo084122.tkyo.te.ftth2.ppp.infoweb.ne.jp
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  しばらく前に、「信じぬ者は救われる」という本を読んだんですけどね。

以前から疑似科学批判で有名な大阪大学物理学教授の菊池誠氏と、なださんの同業者・精神科医の香山リカ氏の対談形式による疑似科学批判本です。

この中で、左翼系市民運動の批判をしている箇所があるのですが、これがもう老人党に当てはまりまくってます。もちろん、両氏とも別に右翼的な立場から批判しているのではなく、どちらも五研修会に出席するほどの人なのですがね。

引用したい箇所が山ほどあって困るのですが、たとえばP.149.
話の前段として、「疑似科学はマーケティングがうまいからハマる人が出てくる。残念ながら正統派科学の方がマーケティングが下手で、大衆受けしない」というような流れがあって、このように続きます。

<香山>それは、護憲・改憲もそうですよ。本当にそうですよ。私、明らかにそうだと思う。
<菊池>マーケティングとかファッションとかってすごく大事ですよ。イラク開戦のとき、わりと草の根的なデモが盛り上がったときに、普段だったら政治運動をしない、市民運動と関係のない人たち、若い人たちがたくさん外に出たんですよ。わりとファッショナブルにデモをやったんです。(中略)参加者が少ないときは、運動のプロみたいな市民団体が主体になる。そうすると、旧来のかたちになってしまって、ファッショナブルでもなければ、寛容でもない。
<香山>護憲の集会で地方へ行くと、カンパ袋だといって、茶封筒をみんなで回すんですよ。壇上でさはべていたときに、茶封筒が回っていて、とりあえず「これはひどいですよね、みなさん」、「いまどき茶封筒に金を入れろというのはどうかと思いますよ」と言ったんです。そこの若い人たちは、けっこう「本当ですね。次回、ちゃんと袋をつくってきます」とか言ってくれるんです。でも上の人たちは、「そんなことは大きな問題じゃない」とか、あるいは「これがいいんだ」みたいな。驚愕しましたけどね。

いや、ホント、老人党を彷彿とさせますなあ。
ここでいってるマーケティングとかファッションって、結局「どんなふうにアピールしたら世間の大多数を味方につけられるか」ってこと、つまりはこの場で何度も老人党を批判するときに使ってきた「戦略戦術」ってことだと思うんですが、本当に彼らにはそれがない。
せっかく、ネットという旧来にはない場所であるにもかかわらず、やってることといてば「昔ながらのビラ配りを掲示板でやってるだけ」みたいな、ね。「電子ビラ配り」ってのは、かつて私がRay氏を批判するときに使った言葉ですけど。ネットなんだからネットらしい展開ってものがありそうなもんだと思うんですけどねえ。
特に「旧来のカタチにこだわる」って傾向が強いのはウミ氏でしょうな。あの人はやたらと声明文の類を出したがったり、規約規則の類を作りたがったりする。それも、どいつもこいつも既成の声明文や規約文をそのまま引き写してきたような新鮮味のないものばかり。カタチを飾ることばかりを彼がいかに気にしているかを如実にあらわしているといえます。

ついでにいえば、香山氏も菊池氏も、左翼系市民運動の中でも、「若い人たち」はどちらかといえばファッショナブルな運動を心がけていると述べています。旧来のカタチにこだわる傾向は、「上の人たち」に強いと。
そもそもが、改革なんてものを「老人」の力に求めようとしたなださんの判断が誤っていたと思わざるを得ないかっこうですな。すべての老人に改革が無理かどうかは判断できませんが、老人党に集まる老人に無理であることは間違いないでしょう。
世間的なイメージとして、「若者=柔軟な思考」「老人=硬直した思考」という図式があります。あらゆる場合にこれが当てはまるとは思いませんが、老人党の老人にはまさに当てはまっているし、硬直し旧来のカタチから一歩も踏み出せなくなっている彼らに、そもそも改革なんてことは無理だったんです。自分たちのやり方ひとつ改革できない人間に、他人を動かして国を改革するなんてことができるわけはない。
「改憲は保守、護憲は革新」みたいな分類が当たり前のように思われてますが、言葉どおり「保守とは今までのやり方を保っていこうとすること」「革新とは今までのやり方を革め新しくすること」と定義するならば、老人党員は少しも革新ではない。むしろ、ガチガチに保守派なんだろうなと思います。

P.150
<菊池>すごく印象に残っているのは、わりと小規模なデモになって、ちょっとしか一般の人は参加しなかった。僕はたまたま行ったんですけど。(中略)そしたら青年が一人出てきて、「自分は『産経新聞』の読者だけど、だからどちらかというと右翼なんだけど、この問題には反対である」というような、非常に立派なことを言ったんです。ところが、僕の横にいた市民運動らしき人は、「『産経新聞』の読者だけど」と言った瞬間に「最低」とか言った。どっちが最低かと言えば、明らかにそっちの「最低」と言った市民運動の方が最低なんです。ニセ科学と同じような不寛容さ、多様性のなさを市民運動の中で見てしまった。そんなふうに産経の読者は平和運動に加わる資格がないみたいな感じでとらえていたら、運動なんか広がりっこないでしょう。

これまた、老人党でいやというほど繰り返された光景をまざまざと見せつけられる想いですな。ひょっとしてその「最低」とか言ったやつ、老人党員ではあるまいか?
部分的とはいえ自分たちの意見に賛同してくれている人を、「産経の読者」というだけで排除してしまうという不寛容さはまさしく老人党のものであり、彼らに同様に決め付けられて排除された人たちを何度見てきたことか。レッテルは、産経読者ってだけじゃなく、たとえば「ネットウヨク」だの「オタク」だの、「創価学会員」だのってとこでしょう。
菊池氏が挙げた例は、まだしも「部分的に護憲派に賛成しているが、基本的には右翼」の人だからまだいいですが(よくはないが)、私やquestiontimeさんみたいに、「基本的に左翼である」と何度も表明しているにもかかわらず、老人党与党に全面的に賛成でないからと言う理由だけで、一方的に「右翼の手先」みたいに決め付けられてきたわけですからひどいもんです。

この先にも引用したい箇所が多々あるので、続きは別途書くことにします。
 
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